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武田陽介〈寄る辺のない視線から〉

2011年11月9日

寄る辺のない視線から

たとえば、長距離バスの中。国境をも超えていく長い時間のなかで、持て余される気持ちの行き場のなさが、窓の外の光景に何かを見つけさせてくれて、そこから一つの地域の成り立ちがみえてくるという、ある種の恩恵を授けてくれたりすることがある。

移動に費やされる適切な時間。それは意識の向きを整えるために用意されているのかもしれない。個人的な、それぞれの距離感に対してのふさわしい移動手段のようなものがあって、仮に、同じ目的地に向かうのであったとしても、その手段が違ってしまえば、辿り着ける場所も変わってしまって、同じように見えてはいても、意味するものが全く違ってしまうような。

そんなことを旅先で考えたりすることがある。

東京での生活を維持したまま、普段の日常から滞在者の生活へと意識を接いでいくことで展開されていくこのプロジェクトが意図する何かは、変化していく生活空間との距離間と、そこから拡張されていく関係性から、身近さを捉え直していくという経過にこそあるのかもしれない。

向こう側とこちら側、
開かれた場所と閉じられた場所。
そして、そのどちらでもない場所から。

—-

写真家の武田陽介による滞在プログラム。
コトブキ案内2011期間(2011/8/6〜11/6)、Hostel Zen に不定期で滞在しながら横浜を中心に様々な場所へ足を運び、そこで出会った風景を滞在者の視点から写真におさめていくプロジェクト。ゲストとして知人のアーティスト等との同時滞在も行い、観光写真を題材にした参加型イベントも行いました。撮影した写真や活動の様子はウェブサイト上でも発信しました。

ゲスト:松蔭浩之(アーティスト)、三田村光土里(アーティスト)、近藤ヒデノリ(TOKYO SOURCE 編集長)

イベント「わたし待ちます、港の見える丘公園で」
実施日:2013 年11 月5 日(土)
場所:港の見える丘公園・展望台
待っている人:三田村光土里
シャッターを押す人:武田陽介


#01
旅先での、移動と一時的な滞在を繰り返すという経験を、横浜という都市で再生すること。


#02
年月が得るものもあり、年月が失うものもある。エヴァポレーション(蒸発)が加えるものもあり、引くものもある。それはただ個性の違いに過ぎない。

ー『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』 村上春樹 著


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